国家承認を得た国連非加盟の国と地域の一覧

本項目は国家承認を得た国際連合非加盟の国と地域の一覧(こっかしょうにんをえたこくさいれんごうひかめいのくにとちいきのいちらん)である。

掲載基準

国家の承認 22」および「国際連合加盟国」も参照
  • 国際社会に生まれた新しい国に対して他の国が承認を与えることを「国家承認」という[1]。本項目ではこうした承認を他の国から受けたものを掲載対象とするが、国家承認を与える側が国とされていることを確認できない場合は掲載対象から除外する。
  • 2011年の南スーダン加盟以降、国連には193ヵ国が加盟している[2]。本項目では、これら国連加盟国は掲載対象から除外する。
  • 国連加盟国からの国家承認がある地域の場合、承認国数の表記は「xxx/193」とし、承認比率を示す。国連加盟国からの国家承認がなく、非加盟国からのみ承認されている場合、母数は記さない。また、承認国の内訳は個別記事を参照のこと。

1か国以上の国際連合加盟国から国家承認を受けている地域

国連総会オブザーバー資格を有する国

1929年ラテラノ条約イタリア王国から独立承認。それ以降国土面積が世界最小の独立国として存在している。1964年からは「聖座」の名称で国際連合総会オブザーバーに参加しており、2019年時点で国連非加盟国の中では最も多くの国家承認を得ている。
なお、2004年に投票権を除く全ての国連加盟国と同等の権利を与えられている[3]
1988年に独立宣言。パレスチナ問題の解決を目指す1947年パレスチナ分割決議によって、イギリス委任統治領パレスチナの分割並びにパレスチナ人国家とユダヤ人国家の創設が定められたが、パレスチナ人はこれを不服として第一次中東戦争に至ったために実現には至らなかった。パレスチナは第三次中東戦争以降全域がイスラエルの占領下に置かれたが、第1次インティファーダの過程において、パレスチナ解放機構1988年パレスチナの独立宣言を出し、オスロ合意に基づいて1994年パレスチナ自治政府が設立された。自治政府は2011年に国連加盟申請を行い、同年にUNESCOに加盟し、2012年には国際連合総会オブザーバーとなった。
パレスチナを国として承認していない国々は、パレスチナ国土をパレスチナ自治区、パレスチナ政府をパレスチナ自治政府として扱っている。

元国連加盟国

1912年に建国。国共内戦の過程において、1949年に中国共産党によって中華人民共和国が建国され、中華民国の中国国民党政府が中国大陸から台湾島へ撤退すると、双方が「正統性を有する唯一の中国の国家(一つの中国)」としての地位を主張する分断国家となった。分断後も、国連に「中国代表」として参加する権利は中華民国が引き続き維持していたが、1971年アルバニア決議によって代表権は中華人民共和国のものとなり、中華民国は国連を脱退した。中華人民共和国は他国に対して「二つの中国」を認めず、建国以来一度も統治できていない台湾の主権帰属先(台湾問題)は自国に正統性があるとの方針を貫いている。2000年代以降は中華人民共和国の経済的な影響力が増大し、他国を支援することも多くなってきたため、中華民国を国家承認する国は年々減少している。
中華民国を国家として承認していない国々の多くは、台湾地区を中華人民共和国の一部(福建省・台湾省)として扱っている。ただし、日本やアメリカ合衆国などの一部の国々は中華人民共和国の台湾に関する主張を「尊重」しつつ、中華民国と非政府間の実務関係を維持しており、台湾側の対外窓口として台北経済文化代表処を設置している。

国連に参加・加盟した実績が無い地域

2008年セルビアから独立宣言。第一次バルカン戦争の過程で、1912年オスマン帝国からの独立を宣言したアルバニアに帰属したが、1913年の戦後処理においてセルビア王国 (後のセルビア人・クロアチア人・スロベニア人王国ユーゴスラビア王国セルビア救国政府セルビア人民共和国)の領土となった。ユーゴスラビア連邦人民共和国(後のユーゴスラビア社会主義連邦共和国ユーゴスラビア連邦共和国)の体制下で1946年にセルビア人民共和国(後のセルビア社会主義共和国→セルビア共和国)にコソボ・メトヒヤ自治州(第一次)が設置され、1974年に自治権を拡大したコソボ社会主義自治州に移行されたが、1989年に成立したスロボダン・ミロシェヴィッチ政権は、セルビア民族統一主義政策の一環として自治権を縮小したコソボ・メトヒヤ自治州(第二次)を設置した。この措置に対してアルバニア系住民が反発し、1990年にコソボ共和国を樹立した。1998年に勃発したコソボ紛争の結果、ユーゴスラビア連邦共和国の実効支配下を離脱し、国際連合コソボ暫定行政ミッションの統治下でコソボ地位問題の解決を目指していたが、2007年に国連暫定統治終了後の地位を巡る交渉が決裂したことによって一方的な独立に至った。
コソボ共和国を国として承認していない国々は、セルビアの一部(コソボ・メトヒヤ自治州)として扱っている。
1976年スペインから独立宣言。1884年からスペイン植民地スペイン領サハラ)となっていた西サハラの返還運動がモロッコモーリタニアで高まった事を受け、1975年に三者間でマドリード協定が締結されてスペインは西サハラから撤退した。協定ではモロッコとモーリタニアによる西サハラの分割統治が定められたが、独立志向のサハラウィー人(英語版)を主体とする現地住民はこれを不服とし、1973年ポリサリオ戦線を組織してアルジェリアの支援の下で独立を宣言した。独立宣言直後から西サハラ戦争が本格化し、1979年にモーリタニアは西サハラから撤退したものの、1991年の停戦以降は、約7割に当る地域をモロッコが実効支配している。サハラ・アラブ共和国は西サハラの約3割を実効支配しているが、政府組織はアルジェリアに本拠地を置いたままとなっており、西サハラの最終的な領有権を決める西サハラ問題も未解決となっている。
サハラ・アラブ民主共和国を国として承認していない国々の多くはモロッコの西サハラ領有も承認していないため、多くの国では西サハラを「国際連合西サハラ住民投票ミッションが完了するまで主権帰属先が未定の地域」として扱っている。
2001年ニュージーランドとの共同宣言において、自由連合関係を維持しながら、主権独立国家として外交を行うことが宣言された[4]。元々はニュージーランドの属領であったが、1965年に内政自治権を獲得、1973年には独自外交を行うとの宣言が出され、2001年の共同宣言に至った。しかし、防衛と一定限度の外交はニュージーランドが責任を負っていること、自由連合の取り決めによりクック諸島国民はニュージーランドの市民権を保持していることから、国家の構成要件である「主権」、「人民」を満たしていないとして国家承認をしていない国が多く存在する。
クック諸島を国として承認していない国々は、ニュージーランドの自治体として扱っている。
1974年に内政自治権を獲得、ニュージーランドの自由連合国となった。主権国家宣言はなされていないが、2007年に中華人民共和国が初めて国家承認した[5]。しかし、防衛と外交はニュージーランドが責任を負っていること、自由連合の取り決めによりニウエ国民はニュージーランドの市民権を保持していることから、国家の構成要件である「主権」、「人民」を満たしていないとして国家承認をしていない国が多く存在する。
ニウエを国として承認していない国々は、ニュージーランドの自治体として扱っている。
1992年にジョージアから独立宣言。1921年ソビエト連邦アブハジア社会主義ソビエト共和国を設置したが、1931年グルジア・ソビエト社会主義共和国内のアブハズ自治ソビエト社会主義共和国へ降格された。その後、ペレストロイカの過程でジョージアはソビエト連邦から独立し、アブハジア自治共和国が設置された。ジョージアはカルトヴェリ人民族主義政策強化の一環として1992年に憲法改正を実施すると、これを自治権の廃止と捉えて反発したアブハズ人が独立を宣言し、宣言直後に勃発したアブハジア戦争(英語版)に独立派勢力が勝利することで、アブハジアの大部分がジョージアの実効支配下から離れた。2008年ジョージア軍の南オセチア侵攻を契機として勃発した南オセチア紛争の結果、ジョージアがアブハジアの一部で有していた支配権を獲得し、ロシアによって独立が承認された。
アブハジア共和国を国として承認していない国々は、ジョージアの一部(アブハジア自治共和国)として扱っている。
1991年にジョージアから独立宣言。1921年ソビエト連邦グルジア・ソビエト社会主義共和国内の自治州として南オセチア自治州を設置したが、ペレストロイカの過程においてグルジア・ソビエト社会主義共和国はカルトヴェリ人民族主義政策強化の一環として1990年に自治州を廃止した。これに対して南オセチア自治州に多く居住するオセット人が反発し、1991年のジョージア独立直前に勃発した第一次南オセチア紛争(英語版)を経て独立に至った。2008年のジョージアによる南オセチア侵攻を契機として勃発した第二次南オセチア紛争の結果、ジョージアが南オセチアの一部で有していた支配権を獲得し、ロシアによって独立が承認された。
南オセチア共和国を国として承認していない国々は、ジョージアの一部(ラチャ=レチフミおよびクヴェモ・スヴァネティ州シダ・カルトリ州ムツヘタ=ムティアネティ州)として扱っている。
1983年にキプロスから独立宣言。1960年に独立したキプロス共和国政府はギリシャ系住民とトルコ系住民の共存を目指していたが、キプロス紛争の過程において1974年にギリシャ軍事政権の支援を受けたギリシア系民兵によるクーデターで政権が崩壊した。これに対し、エノシス(英語版)(全キプロスのギリシャへの統合)実現の可能性を恐れたトルコは「トルコ系住民保護」を名目にトルコ軍をキプロスへ侵攻させ、キプロスは北部のトルコ軍実効支配地域と南部のキプロス政府実効支配地域に分断された。1975年にトルコ軍実効支配地域はキプロス連邦トルコ人共和国を建国して連邦制によるキプロス共和国政府との再統合を目指したものの、分断以前の体制への復帰を望む共和国政府との統合交渉が決裂したことによって独立に至った。
北キプロス・トルコ共和国を国として承認していない国々は、キプロス共和国の一部(ファマグスタ地区キレニア地区ラルナカ地区ニコシア地区)として扱っている。

国際連合非加盟国のみが国家承認している地域

旧ナゴルノ・カラバフ共和国。1991年にアゼルバイジャンから独立宣言。ナゴルノ・カラバフロシア帝国の制圧以前からアゼルバイジャン人アルメニア人による領土紛争の舞台となってきたが、1921年にソビエト連邦はアルメニア系住民が多く居住する同地をアゼルバイジャン・ソビエト社会主義共和国に帰属させる決定を下し、1923年にアルメニア人の自治州としてナゴルノ・カラバフ自治州が成立した。これに対してアルメニア人は度々ソ連中央政府にナゴルノ・カラバフのアルメニア・ソビエト社会主義共和国(現:アルメニア)編入を求めていたが、ペレストロイカの過程においてアルメニアへの編入を求める動きが激化し、1988年のナゴルノ・カラバフ戦争に至った。ナゴルノ・カラバフ自治共和国とその周辺地域は1991年に独立を宣言し、1994年の停戦によって実効支配を維持したが、2020年ナゴルノ・カラバフ戦争に敗北したため、領土の大部分をアゼルバイジャンに返還した。
国家承認していない国々は、アゼルバイジャンの一部(アゼルバイジャンの行政区画)として扱っている。
1990年にモルダヴィア・ソビエト社会主義共和国(現:モルドバ)から独立宣言。1924年にソビエト連邦モルダヴィア自治ソビエト社会主義共和国ウクライナ・ソビエト社会主義共和国自治共和国として設置したが、1940年にソ連がルーマニアからベッサラビアを獲得すると、新設されたモルダヴィア・ソビエト社会主義共和国に組み込まれて消滅した。その後、ペレストロイカの過程でモルダヴィア政府がモルドバ人民族主義政策および親ルーマニア政策を強めたことに対し、ドニエストル川東岸に多く居住するロシア系住民が反発して独立を宣言するに至った。1992年に勃発したトランスニストリア戦争の勝利によって実効支配を確実なものとしている。
国家承認していない国々は、モルドバの一部(沿ドニエストル地域)として扱っている。
1991年にソマリアから独立宣言。1884年からイギリス領ソマリランドとしてイギリス植民地(後に保護領)となり、1960年にイタリア信託統治領ソマリアとの統合を前提にソマリランド国として独立し、直後に統一ソマリアに組み込まれた。その後、ソマリア内戦の過程で1991年にモハメド・シアド・バーレ政権が崩壊すると、同政権に弾圧されていたイサック主体のソマリ国民運動によって「ソマリランド」の独立が宣言され、ソマリア北西部を実効支配した。旧イギリス領ソマリランド一帯を領土と主張しているが、隣接するプントランドと境界紛争(プントランド・ソマリランド紛争)を抱えている。事実上の独立国家として機能しており、隣国エチオピアとは駐在員を相互に派遣しあう関係にある。2020年7月に、中華民国と相互に承認し外交事務所を開設した[6]
国家承認していない国では、ソマリランドをソマリアの一部として扱っている。
クロアチアセルビア国境の空白地帯だった所に、2015年4月13日建国されたミクロネーション国家。ソマリランドとは2017年に相互承認が行われた。[7]

脚注

[脚注の使い方]
  1. ^ 杉原(2008)、42-43頁。
  2. ^ “Growth in United Nations membership”. United Nations. 2022年7月20日閲覧。
  3. ^ “非加盟”. crd.ndl.go.jp. crd.ndl.go.jp. 2020年12月7日閲覧。
  4. ^ クック諸島基礎データ 外務省
  5. ^ ニウエの観光情報 ニュージーランド航空
  6. ^ “台湾がソマリランドを「承認」”. 現代アフリカ地域研究センター. (2020年7月5日). http://www.tufs.ac.jp/asc/information/post-686.html 
  7. ^ “Liberland signed Memorandum of Understanding with Somaliland on cooperation in banking technology and energy sectors”. リベルランド政府 (2017年9月26日). 2022年6月20日閲覧。

参考文献

  • 杉原高嶺、水上千之、臼杵知史、吉井淳、加藤信行、高田映 『現代国際法講義』有斐閣、2008年。ISBN 978-4-641-04640-5。 

関連項目

外部リンク

  • 駐日パレスチナ常駐総代表部公式ホームページ
    • パレスチナ国家承認 特設ウェブサイト(公式サイト)
  • コソボ共和国大統領府公式ホームページ
  • 駐スペインサハラ・アラブ民主共和国代表団公式ホームページ
  • 中華民国政府公式ホームページ
  • 南オセチア共和国大統領府公式ホームページ
  • アブハジア共和国政府公式ホームページ
  • 北キプロス・トルコ共和国政府公式ホームページ
  • 沿ドニエストル共和国政府公式ホームページ
  • アルツァフ共和国政府公式ホームページ
  • ソマリランド共和国政府公式ホームページ
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